愚か者でいいじゃない
2026年5月25日 公開
2005年6月、スティーブ・ジョブズはスタンフォード大学の卒業式で「Stay hungry, stay foolish.1」と語り、その後この言葉は、起業や創造性を語る場面で何度も引用されてきました。
挑戦し続けること、常識に従わないこと、まだ見ぬ未来を信じることとして受け取られることが多かったように思います。
では、AI Agentを使うことがものづくりの一部、いや大部分になった今、foolish でいるとはどういうことなのでしょうか。
AI Agentは、調べること、比べること、形にすること、直すことを、とても強く助けてくれ、任せたほうが合理的に見える場面は増えました。
ただ、自分が何に時間をかけたいのか。
何を、AIに渡さずわざわざ自分の手元に残しておきたいのか。
そこまでは、決めてくれません。
それを「テイスト」と呼ぶ人もいます。2 あるいは、AIに任せるほど理解が空洞化していく危うさとして語る人もいます。3
どちらもわかる気がします。
けれど、これらの言葉だけではまだ、何かがこんがらがったままになっている気持ちが、宿題のように頭の片隅に残り続けていました。
この気持ちをほどく手がかりになったのは、意外にも宇多田ヒカルの『パッパパラダイス』でした。
インタビューの中で彼女は「"『パッパパラダイス』は自由であってほしい"というメッセージの歌なので、歌自体も自由じゃなきゃいけなかったんです」と話しています。4
その言葉の通り、軽やかで、真面目な意味づけを笑ってかわしていくような明るさを纏ったこの曲は「好きなことしてたい 愚か者でいいじゃない」というフレーズから始まります。
「愚か者でいいじゃない」は、「Stay foolish」と似ています。
でも、そこから感じる温度は少し違います。
「Stay foolish」には、今まさに燃えている炎のような熱さがあります。
一方で、「愚か者でいいじゃない」には、ぽかぽかした日差しのような暖かさがあります。
うまく説明できない好きなものを、好きなまま持っていていい。
人から見れば余計なことかもしれない。
それでも、自分にはどうしても気になる。
そういう、他人には「愚か」に見えるものに時間をかけるとき、自分自身に「愚か者でいいじゃない」と言ってみる。
この文章ではこういう感覚から、AI時代のものづくりを考えてみようと思います。
賢い道具を使うほど、何をよいと思うかが問われる
賢いものがすぐそばにあるからといって、こちらまで賢さを捨てたいわけではありません。
むしろ、賢い道具を使えるようになったからこそ、私たちは「何をよいと思うのか」を前より強く問われるようになりました。
以前なら、作れないものは作れませんでした。
時間がない。技術が足りない。人手が足りない。そういう制約が、ある意味では自然な境界線になっていました。
でも今は、その境界線が少しずつ動いています。
文章を書く。
コードを書く。
画面を作る。
画像を作る。
調べものをする。
たたき台を出す。
いろいろなことが、以前よりずっと速くできます。
これは本当に大きな変化です。
自分の中にある小さな思いつきを、以前よりもずっと軽く外に出せるようになった。作ることの入口が広がったという意味では、とても希望のあることだと思います。
一方で、速く作れるようになると、作ることそのものが少し見えにくくなることもあります。
それは本当に自分が作りたかったものなのか。
それとも、AIが出してくれたものを、なんとなく整えただけなのか。
その境界を厳密に引く必要はないと思います。
人間が作るものだって、いつも借りものや影響の重なりでできています。完全に自分だけで作ったものなど、たぶんほとんどありません。
それでも、作っている途中で「これはいい」と思う瞬間や、「ここは違う」と手を入れる感覚はあります。
AIを使うときに大事なのは、その感覚をなくさないことなのだと思います。
AI slop という言葉の奥にあるもの
AI slop という言葉があります。5
AIによって大量に生成された、粗く、似たようで、あまり手触りのないコンテンツ。そういうものへの嫌悪感や警戒感を込めて使われることが多い言葉です。
この言葉が強く使われる理由も、わかる気がします。
インターネットには、すでに十分すぎるほど多くの情報があります。
そこに、誰も本気で見ていない、誰も責任を持っていない、ただ生成されただけのものが増えていくとしたら、それはたしかにしんどい。
作ることが簡単になった結果、作られたものを受け取る側の時間や注意が、ますます雑に扱われてしまうかもしれない。
その不安は、軽く見ないほうがいいと思います。
ただ同時に、AIを使って作ること自体を雑なものだと決めつけてしまうと、そこでもまた何かを取り逃がしてしまう気がします。
AI slop への警戒は、単に「AIで作ったものが嫌い」という話ではないのだと思います。
そこには、もっと実務的で、もっと切実な不安があります。
たとえば、AIが出したコードをそのまま積み重ねていくうちに、作り手自身が「なぜそれが動いているのか」を説明できなくなること。
動くけれど、理解できていない。直せるけれど、育てられない。そういう状態が少しずつ積み上がっていくことへの不安です。
そしてもう一つは、テイストの問題です。
AIは、こちらが頼めばそれなりに整ったものを出してくれます。
でも、それが本当に美しいのか、自分が納得できるものなのか、長く触っていたいものなのかまでは決めてくれません。そこを判断するのは、やはり作り手の側に残ります。
だから AI slop という言葉の奥には、「AIを使うな」ではなく、「作ることを雑に扱いたくない」という願いがあるのだと思います。
AIで作るから雑なのではない。
AIを使わなければ丁寧なのでもない。6
たぶん問題は、道具そのものよりも、作るときに何を見ているかです。
誰かの注意を奪うためだけに作るのか。
数を増やすためだけに作るのか。
それとも、自分が本当に面白いと思ったものを、誰かに届く形にしようとしているのか。
同じAIを使っていても、その間にはかなり大きな差があります。
好きなものを丁寧に作る
ここで言う「丁寧」は、時間をかけることだけではありません。
細部を完璧に磨くことでも、職人のように手作業で全部を仕上げることでもありません。もちろん、そういう丁寧さもあります。
でも、賢い近道がいくらでもあるときの丁寧さは、もう少し別のところにもあると思います。
自分が何を好きなのかを、雑に扱わないこと。
違和感があるときに、ちゃんと立ち止まること。
AIが出してきたものに対して、「これでいい」ではなく「これはいい」と言えるところまで見ること。
そういう態度のことです。
AIは、とても賢く返してくれます。
こちらが曖昧に頼んでも、それなりに整ったものを出してくれます。
だからこそ、こちらがぼんやりしていると、ぼんやりしたままでも前に進めてしまう。
これは便利さであると同時に、少し怖いところでもあります。
AIに任せることは、悪いことではありません。
問題は、任せたあとに、自分の中に判断が残っているかどうかです。
AIが出したものを見て、「これは自分の考えと合っている」「ここは違う」「この前提は怪しい」と言えるなら、それは道具を使っている状態です。
でも、AIの出力を読んだ瞬間に、それがそのまま自分の考えになってしまうことがあります。
自分で別の見方を作らないまま、もっともらしい答えを受け取ってしまう。そうなると、作る速度は上がっているのに、自分の理解は少しずつ痩せていく。7
AI時代の丁寧さは、この境目に気づくことでもあるのだと思います。
作る途中には、本当は小さな選択がたくさんあります。
どの言葉を使うか。
どこを削るか。
どの不便さを残すか。
何をあえて説明しないか。
どこに遊びを入れるか。
そういう選択を全部なめらかに済ませてしまうと、出来上がったものは整っているのに、どこか自分から遠いものになります。
好きなものを丁寧に作る、というのは、その小さな選択を自分の手元に残しておくことなのだと思います。
愚か者でいいじゃない
これからも、たぶん多くのものはもっと速く作られていきます。
その流れを止める必要はないし、止められるものでもないと思います。
だから私は、賢く作れる道具を使いながらも、うまく説明できない好きなものに、もう少し時間をかけていたいと思います。
誰かにとっては、余計なことかもしれない。
もっと速くできることかもしれない。
合理的には、そこまでやらなくてもいいことかもしれない。
それでも、自分の手で触っていたいものがある。
愚か者でいいじゃない。
Footnotes
-
Steve Jobs, "You've got to find what you love," Stanford Report, 2005. ↩
-
Y Combinator, "Cursor CEO: Going Beyond Code, Superintelligent AI Agents, And Why Taste Still Matters." ↩
-
Bessemer Venture Partners, "Inside Shopify's AI-first engineering playbook." ↩
-
GQ JAPAN, "宇多田ヒカルは日常から創造する." ↩
-
Simon Willison, "Slop is the new name for unwanted AI-generated content," 2024. See also Alex Hern and Dan Milmo, "Spam, junk ... slop? The latest wave of AI behind the 'zombie internet'," The Guardian, 2024. ↩
-
Jose Marichal, "AI Isn't Responsible for Slop. We Are Doing It to Ourselves," Tech Policy Press, 2025. ↩
-
Addy Osmani, "Avoiding Cognitive Surrender." ↩